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2010-12-30(Thu)

陽水の快楽 竹田青嗣

本稿は「hataさんのかけはし」のⅠで10・2・17に記載した稿の改定版です。

竹田青嗣さんの「陽水の快楽」という本を読みます。竹田さんはデビュー時から陽水さんが好きだったそうです。私は「ホワイト」以後、正確には「青空ひとりきり」というシングルからのファンです。

近くの公園で、お前とデイトしているとオヤジが出て来て、私の娘は嫁入り前ですトいう。コミックソングがビートルズの影響とは知りません。笑えないなあ、私は思っていました。

私は十把ひとからげに歌謡曲が好きではありません。なぜか……君に会いに行くのに傘がないト歌う陽水さんは、本当は行きたくないような心積もりが見える気がしました。

学生集会にも行かない。君の町にも行かない……陽水さんって怠惰な所がある。むろん行かないのは勝手だけど、青春の光を追いかけもせずに流れて行った時よ……消えた僕の若い力、呼んでみたい……なんて後悔もある。

若いんだもの、そういう事に陥りがちです。人生が二度あれば……一度しかないから人生なんですもの。ぶっつけ本番、直しはなしって話です、もの。残酷なようですが事実はそうです。

ないものねだりは仕方がない。何かを大切にしたいけど身体でもないし心でもない……おお、そうだね。私もそう思いました。ただ陽水はこの後、薬に手を出して捕まる。

その後がいい。彼が恋したのは街の女、彼を受け入れた、ただの女……スターでもタレントでもない若者にとって、街って女ってそんな感じです。いや現実ってそうでした。これまでの歌詞は全部嘘、そういうと言い過ぎですか?

陽水さんの中で現実に裏付けられた嗣、世界がやっと始まる。その頃、浅川マキさんはかもめを歌い終わっていたのです。小椋佳さんが終った青春に後悔した頃、私は病院から命からがら生き帰りました。

私の立場から見ると、65才の湯飲みの父を哀れむ歌は僭越という物で、青二才に人生なんて判らない。ただ、その時は私も青二才だったのですが……身障者になった私には湯飲みすら覚束ない。ああ、これは聞くに堪えないなあ、思う訳です。

竹田さんも陽水さんの合間にニーチェやキルケゴールを読むという。それで堪えられるのかどうか? よく肺がんで2、3年しか持たない言うでしょ。それで何とか直してくれトいう。

2年持つなら2年で達成できる目標を持つのです。たくさん金があれば金で世界一周、少ししかなければグルメ三昧、もっとなければ孫をみつめる。命があれば何かが出来る。やれる事を実際にやる。

現実存在という、それが実存の語源です。病院から命からがら帰って来ると、そういう感想が湧きます。いざガンで、実際に死ぬとなると私も判らないが、出来るだけそうしたいとは思います。

●この本は絶版になっていて、プレミアムが付いて古本屋で千円だそうです。知りませんでした。某所で貰ってきたタダ本。竹田さんの本は哲学研究家のファンと、陽水ファン両方に読まれ、私も書いた、かなり後で視聴率が上がりました。
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2010-12-27(Mon)

こんな夜更けにバナナかよ 本

本稿はhataさんのかけはしのⅠで10・11・16に記載した原稿の改定版です。

介護資料も兼ね、この本を読んでいる所です。40代の筋ジストロフィー患者、鹿野知己さんに、フリーライター渡辺一史さんが2年強を付き添った記録です。

一種一級の筋ジストロフィー患者に将来の命はない。あるのは現在の可能性、将来ではないと本人も自覚されます。24時間介護体勢で学生や主婦、プロも交えた介護を組んで生存のための生存です。

本人はむろん介護者たちは、なぜ生きるのか問われます。鹿野さんが生きる意味、自分の生きる意味、人間の生きる意味……無言のコトバで日々問われます。

今、介護は特に高齢介護が問題になります。脳梗塞や身体障害での家族介護に悩まれる方が多い。これら家族介護では今までの継続の意味合いが強く、シカノさんとは相反する所となります。

鹿野さん自身が理由あって家族の介護を受けない。決心しての、生活保護を取ります。時にはもう死んだ方がいいト思いながら、結局、生きていく様子が活写されます。これは面白い。

その介護者のひとり、遠藤貴子さんは北大理学部、物理学者をめざしていた。これが見事に挫折する……学問的センスがないという。この辺の話になると私も詳しい解説は出来ませんが、遠藤さんはただの教師に路線変更する。ショックでへこむ。傷心、トラウマですな。

学者としては死を意味します。その辺の屈託は実体験でもしないと消えない。こう書くと介護の意味いうか何となく判ってもらえますか?……やはり、もらえないのでしょうか?

40代の鹿野さんは一応バツイチで、性処理にはAVを見ている。青春の残り香を漂わせながら……つまり介護という名の青春塾を開きます。単に介護されるのでなく、塾講師としての任務がありますなあ。

その学者を教師に切り替えて生きるいう人を、それでいいト受け入れてくれる人間関係が、社会にない。人生をまるごと筋ジスに失った鹿野さんだけが、そういう人を導けるという。

鹿野さんは単なる障害者ではなく生き方教授という側面を持っています。
……何? どこかに似たような教授風なのがいる? 誰ですか。その人? 私は知りません!

北大つまり北海道は社会主義的な土壌が濃い。熊本も学生運動のあおりでそういう時期もあります。全体には薄く、短かった。今はさらに少ない、端的にはないでしょう。私はそう思っていました。

20才になれば学生も何となく進路も決まり、異性の友人も出来て自己の確立も出来る。そういう人は無論いるのです。大学にも行けば……それが自立の成り行きです。

しかし、そうもいかない人の方もやはりいるようです。今も上記のようなボランティアの挙句、親よりも気心が知れる仲となり、結婚するのかしないか。決断を迫られる。そういう人も少しはあるそうです。
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