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2010-12-27(Mon)

こんな夜更けにバナナかよ 本

本稿はhataさんのかけはしのⅠで10・11・16に記載した原稿の改定版です。

介護資料も兼ね、この本を読んでいる所です。40代の筋ジストロフィー患者、鹿野知己さんに、フリーライター渡辺一史さんが2年強を付き添った記録です。

一種一級の筋ジストロフィー患者に将来の命はない。あるのは現在の可能性、将来ではないと本人も自覚されます。24時間介護体勢で学生や主婦、プロも交えた介護を組んで生存のための生存です。

本人はむろん介護者たちは、なぜ生きるのか問われます。鹿野さんが生きる意味、自分の生きる意味、人間の生きる意味……無言のコトバで日々問われます。

今、介護は特に高齢介護が問題になります。脳梗塞や身体障害での家族介護に悩まれる方が多い。これら家族介護では今までの継続の意味合いが強く、シカノさんとは相反する所となります。

鹿野さん自身が理由あって家族の介護を受けない。決心しての、生活保護を取ります。時にはもう死んだ方がいいト思いながら、結局、生きていく様子が活写されます。これは面白い。

その介護者のひとり、遠藤貴子さんは北大理学部、物理学者をめざしていた。これが見事に挫折する……学問的センスがないという。この辺の話になると私も詳しい解説は出来ませんが、遠藤さんはただの教師に路線変更する。ショックでへこむ。傷心、トラウマですな。

学者としては死を意味します。その辺の屈託は実体験でもしないと消えない。こう書くと介護の意味いうか何となく判ってもらえますか?……やはり、もらえないのでしょうか?

40代の鹿野さんは一応バツイチで、性処理にはAVを見ている。青春の残り香を漂わせながら……つまり介護という名の青春塾を開きます。単に介護されるのでなく、塾講師としての任務がありますなあ。

その学者を教師に切り替えて生きるいう人を、それでいいト受け入れてくれる人間関係が、社会にない。人生をまるごと筋ジスに失った鹿野さんだけが、そういう人を導けるという。

鹿野さんは単なる障害者ではなく生き方教授という側面を持っています。
……何? どこかに似たような教授風なのがいる? 誰ですか。その人? 私は知りません!

北大つまり北海道は社会主義的な土壌が濃い。熊本も学生運動のあおりでそういう時期もあります。全体には薄く、短かった。今はさらに少ない、端的にはないでしょう。私はそう思っていました。

20才になれば学生も何となく進路も決まり、異性の友人も出来て自己の確立も出来る。そういう人は無論いるのです。大学にも行けば……それが自立の成り行きです。

しかし、そうもいかない人の方もやはりいるようです。今も上記のようなボランティアの挙句、親よりも気心が知れる仲となり、結婚するのかしないか。決断を迫られる。そういう人も少しはあるそうです。
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